べん びん なぜ一緒
「便利」と「大便」に同じ漢字が使われていることに、違和感を感じつつも一定の納得感を得ている。
べん と びん はなぜ一緒なのか。
調べてみたが、正確な起源は分からなかった。
大漢和辞典を発行している大修館書店が提供しているサイト「漢字文化資料館」のワンコーナー「漢字Q&A」にも、なぜそうなったかはわからない、と書いてあった。
また、このサイトでは、
「するりと出る」つまり「支障なく出る」からだ、という説があるにはあるのですが、常に「するりと出る」わけでもない私としては、全面的に賛成とはまいりません。(原文ママ)
と、匿名のカミングアウトと共に一つの仮説を一蹴していた。少しだけ度が過ぎていると思う。
多分、先人もなんとなくの納得感で「便」と「便」を一緒くたにし、それでも拭いきれない違和感を「びん」と「べん」という音の違いで消化していたのだろう。
・・・。
ここで僕は、郵便配達の少年を妄想する。
当然「便」は漢字であるため東アジア系の容姿を想像すべきだが、妄想の便宜上イタリアの少年とする。ど根性カエルの主人公ヒロシでもよい。
郵便配達に勤しむ少年は、悲しいかな、お腹が弱かった。配達作業中に催すことも珍しくなく、度々配達先の家でトイレを借りていた。
「お疲れさん。今日は(トイレ使わなくて)大丈夫?」
「特に(便意は)ないんですけど、五分だけ(籠らせてください)」
いつからか、配達先の家でトイレを借りることがルーティン化した。
「ウォシュレット付けたんですねー。」
「おつかれさん」
トイレを借りるために配達をすることもしばしばあった。
「結局TOTOなんすよね」
「晩御飯食べてく?」
郵便配達の仕事を辞めてからも、彼はトイレを借りるために人々の家を訪れ続けた。
彼は、郵便配達少年から、郵便配達少年になったのだ。
参考文献:「漢字文化資料館」http://kanjibunka.com/kanji-faq/old-faq/q0507/